礼拝説教要旨


2013年10月27日
アブラハム物語(14) 「二人の子」 田口博之牧師
創世記21章1節~21節



笑いを与える子

アブラハムは、「わたしが示した土地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし あなたを祝福し、あなたの名を高める 祝福の源となるように。」(121-2)という神様の約束を聞いて、生まれ故郷、父の家を離れました。アブラハムの子孫たちによって神様の祝福が、世界の民に広がっていくという約束です。

ところが、75歳で旅立って25年間、子どもは与えられないままでした。アブラハムは100歳、妻のサラは90歳です。そんな年になってまだ子どもがいないのですから、神さまの「大いなる民の父とする」という約束は実現せずに終わった。そう考えたとしても、全く不思議ではありませんでした。ですから、旅人として訪れた主と御使いから「来年の今ごろ、あなたの妻サラに男の子が生まれているでしょう。」とのお告げがあったとき、アブラハムもサラも笑ったのです。それは、喜びの笑いではなく、「ふん、馬鹿なことを」とせせら笑うような笑いです。その笑いを見た主は「なぜ笑ったのか、主に不可能なことがあろうか。」と、二人を諭しました。

さて、神様が言われたとおり、1年後にアブラハムとサラの間に男の子が産まれました。アブラハムはその子をイサクと名付けます。イサクとは「笑う」という意味の名前です。イサクは、1年前にアブラハムとサラがしたような笑いとは質の違う、真の笑いを与えてくれる子だったのです。サラは神をほめ歌いました。「神はわたしに笑いをお与えになった。聞く者は皆、わたしと笑い(イサク)を共にしてくれるでしょう。」と。

イエスさまは、「今泣いている人々は、幸いである。あなたがたは笑うようになる。」と言われました。神様を信じる者に与えられる約束の言葉、祝福の言葉です。神様は、わたしたちが流した涙を蓄える革袋を天に持っておられます。涙を覚えてくださるので、悲しみは悲しみで終わるどころか、涙を笑いへと変えてくださるのです。イサクという名はそのことを証ししています。

 

追い出された子

アブラハムとサラは、イサクによって心からの笑いを与えられました。8節に「アブラハムはイサクの乳離れの日に盛大な祝宴を開いた。」とあります。ところが、この喜びは長くは続きませんでした。サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に産んだ子(­=イシュマエル)が、イサクをからかっているのを見て、イシュマエルとハガルに対する激しい憎しみを抱いてしまったのです。サラはアブラハムに、「あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません。」そう訴えます。

この訴えはアブラハムを非常に苦しめました。結果、ハガルとイシュマエルは、アブラハムの家を追い出され荒れ野をさ迷います。水が尽きてもう死ぬしかない、という状態にまで追い込まれてしまいます。イシュマエルは可哀想、そう思ってしまうかもしれませんが、そこに神さまの救いの計画があるのです。

イシュマエルは契約の子ではなかったのです。しかし、アブラハムは神さまから言われました。「しかし、あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ。」また、ハガルに対しても、「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」と。イシュマエルは、契約の子、祝福を受け継ぐ子とはなりませんでしたが、20節にあるように、イシュマエルにも神は共におられたのです。成長したイシュマエルは、「荒れ野に住んで弓を射る者となった。」とあります。イシュマエルは強い子として成長しました。そして、ユダヤでもイスラムでも、彼は全てのアラブ人の先祖となったと見なされています。

 

二人の子孫

 その後の歴史において、イサクとイシュマエルの子孫は、複雑な歴史を歩んできました。1月半ほど前に、NHKのBSで「オスロ合意から20年 中東和平はいま」という特集が組まれていました。1993年9月13日に、イスラエルとパレスチナとの間で和平に向けての歴史的合意が交わされたのです。翌年、パレスチナによる暫定自治が始まりました。

20年前の調印式で、PLOのアラファト議長とイスラエルのラビン首相の間に立った、クリントン大統領の言葉が心に残っています。「アブラハムの子ども達、イサクとイシュマエルは今手を取り合い、勇敢な旅をはじめました。今日、私達は心を一つに呼びかけます。シャローム、サラーム、そしてピース!」と。

しかし、あの合意は何だったのかと思うほどに、平和は実現していません。インタビューを受けていた一人のパレスチナ人が、「私の父はあの土地で、ぶどうやオリーブを大切に育てていました。でも入植地ができてからは、もうそこに行くこともできません。」と話していると、突然、銃を持ったイスラエル兵が近づき、IDカードを求めます。彼は、「子どもたちに、自分の土地を見せているだけです。」と答えました。遠くから土地を眺める自由さえ許されていないのです。

アブラハムの二人の子、それぞれが民族の祝福の基となりましたが、和解に至っていません。サラとハガルの思いに表されている人間のねたみ、恐れ、罪が平和を妨げています。

 

和解の血によって

しかし、希望は失われていません。争いの激しいかの地で、救い主イエス・キリストの和解の血が流されたからです。エフェソの信徒への手紙2章14節以下で、パウロは告げました。「しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。 実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、 規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、 十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。」と。この御言葉はエフェソの信徒たちばかりでなく、パレスチナに全世界に向けて放たれているのです。

救い主が生まれた地で、なぜ今もあんな複雑な争いが起きているのか。だから宗教は恐ろしい。そんな問いを抱くことがあるかもしれません。しかし、そんな複雑な場所だからこそ、イエスさまはお生まれになったのです。そのような場所を約束の土地として、神さまはアブラハムを旅立たせたのです。

 イエス・キリストの十字架と復活において、救いは実現しています。しかし、まだ完成してはいません。私たちの信仰の歩みも、信仰の父アブラハムの生涯と同じように、神様の救いの約束を信じ、その完成を待ち望みつつ歩んでゆくのです。

 

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